ぢろ@のブログ

プレイ日記・考察・運営へ送った要望などを綴・・・る予定です。

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日記:キャラ追憶その4:戦士

あ、ええ。一応いたんですよ。戦士。
最初から戦士にするつもりだったわけじゃないんですけどねw

戦士の印象って少なくとも1次は基本性能が高いかわりに何の芸もないって感じで、
惹かれる所は全くなかったわけですよ。

聖でサブと間違われた縁でお世話になってた方とスカルで偶然居合わせて、
こんなとこで何してるのと思ったら、「Lv31パーティーでヨツンに行く」という答えが。
(当時の私の中の人のレベルは、それがどの程度無茶なのかもわからないくらいです)
で、そのパーティーの職で唯一いなかったのが戦士で私がその枠に突っ込まれたという・・・w

とはいえ当時の無課金にはLv31に上げるのすら結構長い道のりでして。
ヨツン行きの日程の都合で経験値2.5倍?のプレゼントを頂き、なんとか間に合ったような次第。


さくっと転職してギルドに入れて頂きました。

で、ヨツン行きです。

途中山場では増援もあった気がしますが、Lv31でがしがし戦ってましたよ。
一番前線に出ないといけないはずの戦士はほとんど見てるだけで、
おまけにニードルどころかその前のクラマで浮いてジュレアを頂くよーな体たらくでしたがorz
まあ今ならいざ知らず当時はゼネ歴2ヶ月ですから・・・浮き1回で済んで上出来ということで


で、このヨツン行きが終わったらやることはなくなったわけですがw
折角なのでたまごクエとかやってました。

戦士強えぇ!ついでにこのねずみは卵と全然関係ねぇ・・・w
Lv31でたまごクエをやるとき、トータルで一番楽なのは盗賊だと思いますが、
討伐系が一番楽なのはダントツで戦士でした。硬いんですもの。
フェアリはともかくサボウとウィンドボールはLv31じゃ結構なヤマでした。


当時はこんな無様な逃亡も珍しくなかったですね(´・ω・`)
まだまだへたっぴ時代です。
あ・・・ミニマップの敵マークが小さくてよかった時代ですねこれは。


その後戦士を動かす機会がなくなったりギルマスが引退したり他のギルメンも基本サブだったりキャラスロットを開けたくなったりで、Lv35くらいでキャラ削に。同名の子は精神振りゼニアンになってスカルあたりで遊んでました。レボ後はたまにクエで動く程度で倉庫整理要員でしたね。

実はスカルで遊ぶ要員は他にもいたんですが、Lv31以降があったのはこの子だけです。
そういう意味では奇妙な縁に感謝というところです。

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日記:キャラ追憶その3:聖職者

3キャラ目は聖です。

メインキャラでは唯一ギルドに加入しました。
(サブでも加入した子が1人いますが、あとは全部ひとりギルド)
そのおかげで多方面の方と繋がらせて頂いた子でもあります。
2011年2月のワールド統合で強制消滅になるまで所属してましたので、3年ほどいた事になります。
サブでスカルに来ていたマスターが人の話聞かない人で、無理矢理入れられたわけですが。
(連続で勧誘されると身動きが取れなくて、チャットでやめれって言おうとしたらEnterで加入という・・・w)
私としてはそのうち師のギルドに誘ってもらえる事を期待していたのですが、
こんなハプニングもまた縁ってところでしょうかw


去り人の戻り待ちでレベル上げを封印して、そのまま待ち人来ず、Lv70で1次職のまま終焉を迎えました。ヘブンやサンシャインを使ってみたかった気はします。世界が続いたなら、他の聖を育てる事はあったかもしれません。でもそうなる前に終わってしまいましたね。


2008年2月。
ゼロマでの一幕です。
当時から自分の火力には見切りをつけてサポートに回ってましたねw

当時の定説に従って、Lv41までゼニアンで引っ張ってから聖へ転職しました。
とはいえ無課金ゼニアンで41まで上げるのは大変でした。
(31で転職しても大変だったのは、他の方の話でも分かってますがw)
当時は狩場はファイア〜コブラでした。
コブラ2匹でも大変で、ヘチャとか冗談じゃない><って感じでしたね。
狩場で何回狩られたかわかりません。

名前のせいでとある方のサブと間違われた事がきっかけでよくして下さった方がいて、
たびたび金要員でベルテラにお邪魔したりもしました。
下手したらピナッツマップを渡りきれずに浮いたりもしましたがw

金要員としてだと、プラレンあたりまで駆り出されたこともあったような。
金要員のダミーキャラの盾役とかでw あれは暇でした・・・w

私としてはとても助かりましたが、実際の所、
そこそこのレベルで戦力外のゼニアンが金要員としてどうだったのかはわかりません。
(魔課金ゼニさんがいたら話にならないのは言うまでもないですが)
でもおかげで41まで辿り着いて転職できました。当時のメンバーの方には感謝です。
転職後の狩りでお返しできてればいいんですが・・・?

このゼニアン時代に自動回復ステップをほぼモノにしました。
教えられたやり方をもとに色々試して仕様を突き詰めてたのがこの頃です。


ギルドで転職式。先輩ギルメンのクラージと同時転職だったようです。
ってこの数分後に横にいたゼニさんも転職してたりします。最初にゆっとけとw
私としては唯一転職式らしい転職式でした。1次ですけどw



2008年3月。
ベルテラPT狩りの一幕です。
本人の意向でお手伝い無用。
完ソロって、やろうとしても手伝われちゃったりしてなかなかできないものでした。

こちらの戦士さんは多分スカルで知り合って、
ログで転職直後に狩り真っ只中のルアンに行ってひーひー言ってたりとか。
なんとか掃除して座っても回復する前にヘチャが沸くあの絶望感はなかなかでした。


どこで誰とどう知り合ったのかは覚えてませんが、
1次の大所帯ギルドと仲良くさせて頂いて度々お邪魔しました。
これはエスネ→エイルの一幕で、プリさんはたまたま狩りで居合わせたんだったような。
途中何人か浮いたもののなんとか辿り着きました。


2008年4月。
こちらも同じギルドでカバルツなのですが・・・
誰にヒールすればいいの!という状況です。サンシャインが欲しいですねーw
みんな地味にしっかりグラチェンしてます。
こちらのメンバーはほとんどが順調に4次まで到達してた気がします。



2008年6月。
こちらはクラージさんの転職2次会。
やっぱりここは定番スポットのようでw
Lv30台無課金ゼニアンの同期ですが、随分離されました。最後は3次になってたような。
このあとの書庫のSSがありません。途中で浮いて帰ったような気もw



ごくごく初期に知り合ったフレさんの2次転職。
スカル入りより前に知り合って覚えてる中では唯一2次まで行った方です。
長続きする人って少ないんだなとしみじみ。
これもたまたま会って見届けたんでしたっけ。
そんな彼もこれを最後に会うことはなかった気が。




一気に2010年2月。
天空に来てます。
ガチ殴り合いをしなくても敵を倒せるゆえのネタプレイですが・・・そんなネタが大好きでしたw


2010年3月。
ブルースターブローチ等で準備万端エティネ平原に突っ込むも、モコノモ遭遇なし
・・・多分そんな感じです。
アイスニードルはひたすら脅威でした。
あの手この手で魔法防御を上げ、ペットスキルのHPなんかまで使って挑んだものでした。
Lv60でブリ→ヨツンなんてのもやってるはずなんですが、
その頃のSSがどうやらまるごと消失してるようです。

同じギルドの中でもレベリングの遅いほぼ無課金ということで、
Lv40台〜60台を結構無茶しながら遊んで頂きました。
1人は2次になってすぐ、1人は2次になる前にやめちゃいました。
戻ってきたら2次クエを一緒にやりたいと思ってましたが、それも叶うことなく終わりましたね・・・



2010年5月。
こちらは1人で寺を目指した時です。
残念ながら辿り着けませんでしたねえ。
どこかのマップで3割くらい進んだところでいきなり沸き始めて、急遽撤退!とか。
連れてる茶猫はディレイでありながら使うことは滅多になかったんですが、
こういう非常事態ではおかげで浮きを免れた事が度々ありました。

自分で敵を倒す気がないという点では聖は向いてたと思います。
もっとも他のMMOならともかくゼネでは聖の火力が強かったので、
全く攻撃に参加しないようでは職特性を活かせていなかったと言えるかもしれませんが・・・w

やり残した事というよりは、待ち人を待って終わった感じです。
待ち人に見切りをつける選択肢もありました。
でもそこは、選んだ選択肢もその結果も一つの物語として収めたいと思います。

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日記:キャラ追憶その2,盗賊

サボってるうちにカテゴリ消滅が目前になってしまいました。

サボってただけではなくてSSを見返したりしていたわけですが、残存SSの枚数

2007年   102枚
2008年   641枚
2009年   687枚
2010年 4,089枚
2011年 4,928枚
2012年 1,393枚
2013年 3,164枚
2014年   142枚

いやはや随分長く遊んでいたものです。
おそらくクラッシュしたHDDと共に消えたものもあるでしょうし、
PrintScreen以外の方法で撮ったものは纏めきれないでしょう。
追憶編に載せたかったSSで見つからなかったものもあります。

全部に一通り目を通したのでかなり疲れました・・・
見てると、後にお友達になった人と随分前にニアミスしてたりするのが沢山ありました。
些細なきっかけで知り合ったり他人のままだったりするものなんですねえ。


さて追憶2人目のキャラは盗です。

1人目のステ失敗を受けて稼働を始めた子です。
当時としてはオーソドックスな力振りで順調に育っ・・・ていくはずでした。
が、途中でデビルボイスに目覚め、ピザーラちゃんを愛用
力に振ったステータスポイント60を取り戻すため、Lv60から転生(キャラ削+同名キャラ作成)
その後レボになってポイントゼロ配布。何のための転生だったのか・・・w
私のプレイスタイルの変化に振り回された子と言えるかもしれません。



ピザーライベントの一幕です。
アフロパンダ軍団の目の前でゼンげっとしたところです。
バザーのアコさんはずっとここで売り物してました。。
クラージ実装の頃まではいたような気がします。
最後はアコ姿で羽根つけてましたね。そのあとは転職されたのでしょうか・・・?

ほぼ直後に作った聖とはほぼ同レベルで育っていました。
聖のほうがギルドに入ったこともあって、盗がLv35になった直後に連れて行かれた先が


まさにガクブル(゜Д゜)
図書館の重苦しくも迫力のあるBGMは大好きでした。
この時はバター200個を持って入ろうとしてました。今にして思えば怖いモノ無しですw
入場前にしっかり確認されて「・・・(´д`)これもってて」とミニポを渡されましたw
週末の2日ほど一緒に回ってもらって、その間殴られたのは1回だけでしたが。
インビジの威力もさることながらへたぴを守るのは大変だったことかと思いますw

関係ないんですがグラチェンWizを初めて見たとき、
何の職業かわからず「・・・占い師?」とか思いましたよ。
そんな感じの帽子じゃないです?w


時は2008年お正月頃。この頃はまだまだマジカルクロックは垂涎の品だったようで、
Lv80になったら、あるいはサブのために、と、絶望前安地は大盛況。
安地ではリブをプレゼントして頂きました・・・が、
それが役立つのはXP無しでスクロールが入手できるようになったレボ以降のお話でスイマセン・・・w
最終的には1泊2日で部品1個ギア2個を拾って生還しました。

奇しくもこの直後、暗黒メンテパート2?とされるボス超強化がありました。
「もう時計取らせてあげるの無理になったっぽい(´・ω・`) 」と言われまして。
当時は詳しくはわかってませんでしたが、
狩れたはずのボスが突如凶悪に変化して敵わなくなった落胆は今なら想像できます。
その後ボスは数度の調整を経てどうにか落ち着き、書庫は事あるごとに遊びに行く所となりました。



Lv30後半くらいから、ゼロマにけっこう通ってました。
バター200個持って、使い尽くすまでに地上に戻ってくるみたいな感じでした。
度々だわさに浮かされてます。
当時はまだPT狩りをする事もあったはずですが、やっぱり遊びたがりだったようです・・・w



地下水路。
そういえば旧世界では、B1のクラウンマウスもB2のこいつも自動回復したんですよね。
この時は結局倒せなくて、通りすがりのアコさんにワイヤーで削って貰ったようなw
この頃はピエロ鼻でなくピノキオ鼻ですね・・・
ひょっとこは外見上の理由で滅多に着けなかったのですが、
ピエロ鼻に目覚めたのは更に後のことのようです。



2008年5月。
オリト実装後は、自分用のオリトを拾いに行くのが定番みたいな事になってました。
そればかりだったという気もしますがw

3人目キャラである聖がギルドメンバーになった事もあり、聖側PTの職編成によっては代打で出たり。でもソロ活動が多かったですかねー。

装備からするとグラチェンしてますね。
あ、私は当時のログのグラチェン帽子は拒否派でしたw
レボのLv59〜のやつはお気に入りでしたよ。



2010年1月。
これは転生後ですね。1人で隠密でカーズド狙い。
2回目だけに少々の無茶は無茶のうちに入ってません。
とはいえ旧世界では騎乗は普通に使ってたんですよね。
騎乗を基本使わないようにしたのはレボ以降だったでしょうか・・・?
今見てもこいつはどう見ても黒柳徹kうわくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」



2010年3月。
この頃から「ずっと俺のターン!」をやってたようです。
最後まで基本的にガチ勝負は嫌いだったようです。おかげで混戦は苦手でしたw

旧世界では装備の基準はMP回復量でした
レルディエプネックレスを複数装備したりとか。
騎乗ペットも馬一択でした。精神10は大きかったです。


都合7回あったクリスマスダンジョンのうち、
1次でも倒せる強さのサンタがいた事が1回だけあったようです。

ダンジョン自体は使い回しでしたが、
毎年何かしらの新要素はあったような気がします。
歓迎できるものばかりではなかったですが・・・w


DV覚醒後は、PT内では敵を全然殴らないサボりキャラの地位を確立しましたw
ちなみに騎乗に乗ってる場合の9割はそのままじゃDVが効かない時です。

殴らない前衛職とか普通のPTなら戦力外なんでしょうけど、
(その後メニス最強仕様とかになったりしましたが)
そこは結構メンバーに恵まれたように思います。
他にもステ振り含めマニアックなスタイルの方が多かったことも幸いしたかもしれません。
「前衛だとは思ってない」と言われたような気もします。誉め言葉だったのかどうかは・・・w



最終的に2次職レベルまで達しませんでしたが、
3次レベルになるまではローグのままのつもりでいました。

何故かというと
「男の子ラプターのグラが嫌だ(´・ω・`) 」
これに尽きます・・・w
転生時についでに性転換もしておけば、2次くらいにはなってたかもしれませんw

最後の1年はバルログキャラでもありました。
バルログの絡みでLv66以上にしたくなかったというのもあります。
終盤は他の方のキャラ性能青天井っぷりについていけませんでしたが、
雑魚MOB相手ならLv180近辺にでも通用するDVが1次キャラに効かないとかもうね(´・ω・`)
PvPならではの工夫ができたのは面白かったです。



このキャラでやり残した事といえば、盗賊ということもあり(?)なんといっても宝漁りです。

Lv60を一旦捨てて育て直した直接の原因は、工場の魔耐ロボを寝かしたいが為だったくらいですから。
工場で圧縮ダンボ、いずれは迷宮で結晶ネックレスを拾いたかったです。
もっともバグで大量出土した時(※)以外では、宝箱で大当たりを引いた人は皆無に近かったようですが。
(知る限りではたった1人、圧縮ダンボを当てたという人がいました)

※2008年前半?宝箱実装後少し経って、メンテ後〜発覚の数時間程度の間、宝箱からの大当たり率が100%か相当高い状態があったようです。その後、結晶なんかは億単位で取引されてましたね。(レボ前のkronの価値はレボ後の100倍以上)


最後まで弱キャラではありましたけど、
その弱さゆえに楽しめたキャラでした。

「レベル上げないの?」とか「課金しないの?」とか何度か聞かれた事があります。
課金については運営が以下略だからという理由もありましたし、
レベルについては狩りがつまらないという理由もありましたが、
一番の理由は「弱い(ままクリアする)方が面白いから」でした。
少ないながらもこれに共感してくれる人がいたから、最後まで楽しめたんだと思います。

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ネタ:レジェンドオブナイト

ツッコミどころ満載で泣きそうです

http://item.rakuten.co.jp/jpclub/10009778/
Amazonにもありました・・・

この在庫2個+1個の行方やいかに・・・w

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閉鎖:キャラ追憶その1_ゼネデビューの子

閉鎖して1週間、リアルの生活も微妙に変わりました。

部屋の中では、デスクトップPCのある机を離れ、ノートPCを持ってこたつに移住しました。ちょっぴりエコですw
こたつのせいかゲームをしていないせいか、寝るのが早くなりました。朝も楽に起きられるようになりました。
本の消化量が増えました。



・・・あれ?良いこと尽くめなんじゃ?
閉鎖してよかったんじゃ?(ぉぃ



さてカテゴリ抹消までは1ヶ月ほどの猶予があるそうです。
・・・って、おそらくは、閉鎖後にハンゲメンテがあり次第そこで終了、ということだと予想。
ハンゲメンテの日程ってよくわかりませんが月の中旬以降の水曜みたいなので、
おそらく2/19(水)、最悪もしかしたら2/12(水)なのかな・・・?と予想。

とりあえずそこまでで、だらだらまとめて一区切りにするかなーと思ってます。


まずは最初に作った、SSすらまったく残っていないキャラのことでも。

一番最初に作ったキャラ。
友や師に出会えたキャラ。
そして、ステ振りに失敗した事を知り、消える道を選んだキャラでした・・・

チュートリアルルームでみかんネタにくすっと笑い
ポヨポヨとのデビュー戦
ちょっと調子に乗って踏み入れたサドンヒルでファイア一発真っ黒焦げ
辻補助を頂いてもエモの事すら知らずお礼すら言えず走り去られてしまいw
パワーブロウの存在を知ったのはLv10を越えてからw
キツネの尻尾入手時、針をたくさん集めたような気がします・・・今にして思えば最初から素質アリw
お友達のうち数人がブリ生まれだったらしく、迷路での帰郷に付き合って異邦の地へ
エスネフィールドの音楽に馴染んでいたせいで、ブリフィールドの音楽は攻撃的でおちつかない!
エスネ生まれのお友達と帰郷を目論むもお互い1人では迷路を突破できないけれどもう夜も遅く、
後日待ち合わせてなんとか帰郷
お友達の中にサブさんがいていろいろ知っていたらしく(といってもメインも1次?)
なぜかケンディへ向かうことになりコブラマップで脱落ぷかー
スカルヘクスに連れられてテラポヨーンの一撃でぷかー
レベルが上がって勢いで2Fに行ったら入り口にいたサイの一撃でぷかー
Lv25になったらお友達のメインに連れられてゼロマで英魂拾い
だわさを遠目に見つつ拾って拾って最後はぷかー
でも労せずケリパクリスげっと
エモの事をようやく知り、ショートカットの半分がエモで埋まるw
当時は初心者応援キャンペーンで牛乳時代
(のちHP+50の練乳10個に劣化しましたが、当時はビギンからHP+800の牛乳が30個貰えました)
牛乳がぶ飲みでみんなでぽよよんやサイをふるぼっこ!
そんな中でお友達が増えて、その中に師となる人もいました。
「ステ?素早さに振ってますよ」
「・・・やり直すなら早い方がいいお」
(当時、前衛は序盤は力極振り一択が定説でした)
師の一言で最初の子は道を失うことに・・・w

その後、この子はしばらく休眠して、
キャラスロットの都合で転生(キャラ削ののち同名登録)する事になりました。
転生時にはLv31になっていたので、最後に弓に転職してちょこっと遊んで眠りに就きました。
・・・そのとき連れていたブートンは宿に入れ忘れて、キャラと一緒に消えました・・・w
転生後は永遠のLv20キャラとなって、迷路支援ボランティアという妙な活動に興じることに。
それもレボで役割を失い、そのまま余生を過ごしました。



旧世界のスカルはLv16〜31の制限があり、賑わっていた当時(2周年直後くらい)は、
中身は年季入りのサブキャラが新人さんに色々教えてくれる、そんな伝承の場でもありました。
あるいはサブキャラによるギルド勧誘の場でもあり、
魔課金マインバゼニさんを目の当たりにして課金のパワーを見せつけられる場でもありましたw
牛乳がなくなった後は無茶する人も減って、次第に養殖場と化していった気がします。

私もこの子で出会った師にはこの後もお世話になり続けました。
プレイスタイル、モラル面、知識面・・・先達にもいろんな人がいる中、最初がこの方だったのを、私は幸運に思ってます。

キュアを覚えた直後に自動回復の謎のステップを仕込まれました。
(たぶん材料は師から譲り受けたのでしょう。自分で取りに行ったのは2か3キャラ目以降)
回復の仕様、回復カウントの仕様、そこから導かれるあれやこれやで、旧世界の終盤ではワンキルマップなら休憩ほぼ無しで狩りができるようになってました。狩りは殆どやらなくなってましたけど!w

今にして思えば低レベルで遊びつくすスタイルは師匠譲りだったかもしれません。

そういえば「無課金で2次まで行ったら尊敬するわ」って言われた気がします。
・・・まあ基本経験値も底上げされましたしクエで経験値が入るようにもなりましたし無効ですかねw
レボでは無課金4次すら珍しくなかったようですしw


追記
画像あったあああ

この数十分後にはLv1に生まれ変わってるわけですがw

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