まぁじゃんは人生(32)

デジタルの定義…とは言っても色んな人がありとあらゆる意味で使用して収拾がつかなくなっているので、自分なりの(かつ、麻雀打ちのタイプをカテゴリ分けする上で明確で適切と思われる)定義づけをしてみる。

・デジタルの反対はオカルトではなくアナログ

語義的にもその方が相応しい。ただ流れ論等の迷信を信じない、非オカルトであるというだけでデジタルというのも奇妙である(Wikipedia等、一般的な定義では非オカルト=デジタルとされるがここではそうは扱わない、アナログも同様)。論理の筋道が通るもののみを信じるということで、非オカルトをここではロジカルと称する。

・オカルトとは、麻雀における抽選に何らかの力が介入している、或いは介入させることができるという考えである

言い換えれば「ツキ」や「流れ」の存在を信じ、場合によってはそれを変えることができるという考えということになる。逆に、抽選は完全にランダムであり、人の意思を介入させることはできないとするのがここで言うロジカルである。確定情報から不確定情報を予測することは場合によっては可能なので、山読み等の技術は勿論必ずしもオカルトではない。ある牌は山に残っているから引きやすいと考えるのはロジカルの範疇であるが、山のどのあたりにあるのかと考えればオカルトになる。

・デジタルやアナログは人の打ち筋を示すものではなく、麻雀の打牌選択に関する考え方を示すものである
よく速攻派=デジタルと称されることがあるが、所謂デジタル派の中でも打ち筋は様々である。そもそも、速攻派なら速攻派、面前派なら面前派のように呼べばよいだけである。
ところで、麻雀は選択と抽選のゲームである。抽選に関する考え方でオカルトかロジカルかを分けたのであるから、選択に関する考え方でデジタルアナログを分ければ、人の麻雀観を表すうえで丁度よいと言えるではないだろうか。

デジタルの本来の意味を簡潔に言えば、情報を数字に変換して表現することである。麻雀で言えば、卓上の情報を数値的なもので表し、それをもとに打牌選択をする打ち手ということになる。もっとも、麻雀におけるあらゆる情報を数値化することは現時点では不可能なので、完全なデジタル派は存在しない。だが、そのような手法で打牌選択をシステム化していくことが実力向上のうえで重要と考えているなら、デジタル寄りの打ち手といえよう。逆に、状況による誤差があるのでシステム化をあまり有意義とせず、その場に応じて直感や経験則をもって選択することを重視するのがアナログ派である。(ごく基本的な打牌基準も持たない完全なアナログ派もまずいない、そういう傾向が強ければアナログ寄りと言える) 牌効率は比較的システム化しやすく、読みの技術はシステム化しにくいので、結果的にデジタル派は牌効率重視の打ち手が、アナログ派は読み重視の打ち手が多くなっている。

この定義では、オカルトorロジカル、デジタルorアナログで雀士のタイプは大きく四つに分けられることになる。従来の定義からすれば矛盾しているように感じられる、オカルトかつデジタルな打ち手もここではあり得る。四つのタイプそれぞれの代表的なプロを挙げれば、オカルトアナログ派は古久根p、オカルトデジタル派は土田p(トイツ理論は極めてシステマチックであり、「僕の七対子はデジタル」との発言もある)、ロジカルアナログ派は鈴木p(「デジタル麻雀の達人」の著者の一人だが読みを重視し、当著の文中にこれからの麻雀はアナログという旨の発言もある)、ロジカルデジタル派は小倉pといったところだろうか。

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