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漫画の記事

クロスボーンガンダムを擁護してみる。第一話

 ガンダムエース1月号から、クロスボーンガンダム「ゴースト」編が連載されています。私は昔この漫画のファンだった事があって、毎月楽しみに読んでいるのですが、例によってと言うか相変わらずと言うか、寧ろ随分と久し振りに、賛否両論がネット上に渦巻いているのを見る事にもなりました。

 

 各位のご意見を拝見していて、少し不安に思ったのは、クロスボーンガンダム否定派の「嫌う理由」が比較的明確に語られているのに比較して、擁護派の「好きな理由」が今一つ明確でないという事でした。理由は良く知られていて、要するに「言い難い事」だからなのですが、そういう事を言えないが為に議論に押し負けている感じがするのは悔しいですし、そういうことの言えない社会というのも、個人的にどうだかなあと思いますので、僭越ながらこの場を借りて密やかに、クロスボーンガンダムを擁護する事と致します。以下の文章には、一部の人には受け容れ難い事柄が書かれます。その点は悪しからず、ご了解下さいませ。全ては私見であり、発想の飛躍である事を、お断りしておきます。

 

・・・・・ちゃ、ちゃんっと警告したんだからねっ?!

 

 クロスボーンガンダムを評価するには、先ず本作を含めた一連のガンダムシリーズの原作者(以下「御大」)が、類稀なるロ(ry)であるという事を語る必要があります。それも並みのロ(ry)ぢゃありません。御大の手による一連のガンダムという作品群においては、常に個性的な美少女達が、神業とさえ言える生き生きとした筆致で描かれ、作品を彩り我々を魅了し続けてきました。キッカ、クム、リィナやプルプル、例を挙げればきりがない程に、御大は少女達を描き続けてきたのです。

 ロ(ry)という要素は、一連のガンダムにおいて決して表立った命題ではありませんでしたが、常に重要な命題であり、時には主題ですらありました。それは御大の手を離れた、所謂アナザー系と呼ばれるガンダム作品においても例外ではなく、例えば当初はロ(ry)の要素が希薄であったはずの、GやWという作品においてさえ、恐らくは御大の「これぢゃ萌えない」という御意思の作用故か、後にアレンbyやマリーメイyaというロ(ry)要素が追加される展開となったのです。特に後者は御大のもう一つの趣味、「貴族風」という要素をも加味した典型的なキャラクターであり、私共の如き並みのロ(ry)なら、「リリーナ様で充分ぢゃね?」という浅はかな感性を、因果地平の彼方へ吹き飛ばして仕舞われたのでありました。

 ここまで書けばお分かりでしょうが、クロスボーンガンダム(以下「本作」)もまた、御大のロ(ry)が十全に発揮された作品でした。絵師に長谷川氏が起用されたのも、ガンダムというメカニックを描く技量においては疑問符の付いた(当時から批判がありました)彼こそが、ことロ(ry)っ娘を描く事に関しては、抜群の萌え力を有していたからに他なりません。

「メカニックだ?どうだっていいんだよ、そんな事ぁよ!」

と御大が仰ったかどうかは定かではありませんが、つまりシャクティやらスージィやらソシエやら、最近ではミネバ様やらが活写されるのであれば、その作品はガンダムなのです(以下、不定期連載)。

 

 

 

 

 

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