にっき

わが泣くを少女等きかば病犬の月に吠ゆるに似たりといふらむ

2015年01月13日の記事

うそつきの美学。

嘘と硝子は似ている。

それは内と外とを隔離するが、その存在は目には見えない。だが、何かの拍子に割れてしまったとき、それは忽ちに人を傷付ける凶器へと変貌する。



一度、嘘を吐いたら、必ずそれを吐き通さなければいけない。たとえ、吐き通すのが不可能なくらいに真実が露呈しても、嘘を吐いたことを謝ってはいけない。途中で嘘を投げ出すことは簡単だし、罪の意識を背負う必要もなくなるが、それはつまり、あなたの代わりに誰かが傷付くということだ。人を傷付けるのは何時だって、嘘ではなく、その下に隠れた真実の方である。嘘吐きたるもの、誰かを傷付けるような真似だけはしてはいけない。嘘とは即ち優しさなのだから。嘘だって吐き通せば真実になるし、真実だっていとも簡単に嘘になりえる。嘘を吐くときには常に、最終的には相手を殺してしまうか、または自分が死ぬくらいの気持ちでいるべきなのである。




ぼくはうそつきだ(クレタ人のパラドックス)

ぼくが言葉の通りに嘘吐きならば「うそつきだ」というのも嘘のはずだから、実際は正直ということになる。
しかし、正直ならば「うそつきだ」というのが真実ということになるので、本当はやはり嘘吐きなのである。

さて、ぼくはうそつきなのだろうか。



―うそでもいいから、すきだって、いってみて。

―すきだよ。

―うそつき。

君がうそを吐いたことを責めているわけではない。ただ、うそを吐き通してくれなかったことを、責めているのだ。ぼくだって、君の言葉を鵜呑みにできるほど子供じゃないし、うそがうそであることくらい、薄々は気付いていた。でも、それでよかった、うそで構わなかった。うその言葉でも、君が永遠を誓う度に、ぼくの心は少しずつ真実の色を帯びた。ちいさなうその数々が、この季節の星空のように輝いて、ぼくは涙が止まらなくなるくらい、世界を愛おしいと思った。この世が全てうそであるならば、うそがどうして罪悪になるであろう。願わくば、もう一度、うそだというのはうそだったと、うそを吐いてほしい。うその上にうそを重ねて、この星の上に愛と呼べるものはそれしかないのだから。



ぼくらのあたまの上に、かみさまはいないと、むかしの人たちは、うそをついた。

神様は確かにいるのだ。いや、いないのかもしれない。だけど、そんなのはどちらでも構わないことではないか。どうせぼくらは銀色にピカピカと光る宇宙船に乗ることもなく、この狭く汚れた大地の上で朽ちていくのだし、あたまの上が実際にどうなっているのかなど、知る由も必要もないことなのだ。気象衛星ひまわりなんて本当は存在しなくて、気象庁の偉い人がサイコロを振っているだけだと仮定したほうが、ちっとも当たらない天気予報にも納得が行くのではないだろうか。

あたまの上に、神様ではなく宇宙様がいると教えたのがカガクという宗教で、カガクシャたちは、カガクさえ信じていれば人類には永久不滅の幸福が訪れると、そう口を揃えた。しかし、本当にカガクが人を幸せにしてくれただろうか。カガクがこの世に現れて、あらゆる宗教を瞬く間に席巻して以来、人類はカガクのために全てを支払ってきた。偉大なる宇宙様を一目拝みたいと、世界の裏側で失われつつある何億もの命を簡単に救えるだけのエネルギーを費やしてロケットというジッグラトを作り、残ったのは「地球は青かった」という間抜けな一言だけだし、ついには月にまで足を伸ばして「この一歩は小さな一歩だが、我々人類にとっては大きな一歩である」ときた。むしろ、大きなお世話である。

そうして、ぼくらは幸せになっただろうか。

カガクが人類に齎したのは、終わることのない退屈と、そして覚えなければいけない沢山の公式だけである。信じるものは巣食われる。人類はカガクシャに騙されて二十世紀を生きてきた。二十一世紀は何に騙されるのか。ぼくらは結局、何かに騙されていなければ生きてはいけないのだ。生きるということ、それ自体が大きな偽りなのだから。



「いいか、よく覚えておけよ、坊主」と、未来のぼくだと名乗る見知らぬ男は言った。

「嘘を吐くのは必ずしも悪いことではない。しかし、自分に対して嘘を吐くことだけはしてはいけない。そうすると、自分自身が嘘に飲み込まれて、嘘は嘘でなくなってしまうんだ。」

未来のぼくは、じっとぼくの目を覗き込んでくる。ぼくが恭しく頷くと、未来のぼくも一呼吸を置いて頷き、そしてさらに言葉を続けた。

「嘘は必ず他人のために、他人を欺くために使うことだ。そうすれば、嘘はこの世で最も強い武器にもなるし、大切な人を守るための盾にもなる。」

「ねえ、おじさんは、未来のぼくは、どうしてここに来たの?」

ぼくが聞くと、未来のぼくは何故か目を瞑って首を横に振り、それから少し勿体振った調子で話し出した。

「それは今はまだ言えない。坊主を危険に巻き込むわけにはいかないからな。」

次の日も公園に行くと、未来のぼくは昨日と同じベンチに腰掛けて、ぼくの知らない男の子の目を覗き込みながら、何かを熱心に話していた。

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