タルティーン司令部戦略課室長日誌

ここだけで読める、戦略課の秘話その他。

ニュースの記事

惨状と、やらせと、

まずは次のツイートと動画をご覧頂きます。

 

https://twitter.com/ArabicBest/status/532169113473675265

 

 【日本語訳】
   人を魅了するような強い影響を与える場面が大きな賞賛を得た。
   シリアにて銃撃の中、少年が二度も撃たれながら妹を救い出したのである!

 

シリア! 銃撃戦の中で女の子を救う英雄的少年。とくとご覧あれ!
https://www.youtube.com/watch?v=cceu478rN_c

 

 

なお、動画には衝撃的と思われる方もおられるかもしれない内容を含んでいるので、視聴には予めご了承下さい。

 

 

銃撃戦の中、建物から男性が逃げ出してくる。

 

カメラを左に向けると、撃たれたらしき少年が倒れていおり、機会を窺い起き上がる。

 

少年は走り出すが銃撃を受ける。

 

崩れる少年。

 

それでもなお起き上がり、自動車へと向かう。

 

少女を救い出し、手を引いて走り出す。

 

 

この動画はシリア中東を中心にネット上で拡散し、私も知っておりました。

 

 

さて、最近、次のようなツイートがありました。

 

https://twitter.com/JH1Sy/status/533699062122295296

 

 【日本語訳】
   ノルウェーが制作した「やらせ」
   シリアの惨状を世界に向けて発信するため、数か月前に発表された。
   しかしこの作られた映像のために当該局の信頼は失墜したと言える。

 

     これらは虚偽で、この子は生きている、ということですか?

 

       我々にとって、こうしたことが現実に起き、

       また起きうるということは十分過ぎるくらい判っていることです。
       しかし、やらせの事実は事実として言わねばならないと私は考えます。
       何故ならば、こうした虚像が現に悪用されているからです。

 

     なるほど、くだんの動画がやらせであり、嘘であるのは間違いがなく、

     それが正当では無い使われ方をしていると。
     あなたのお考え、理解できます。

 

 

私としての裏付け確認は取れていないのですが、色々な話を勘案するに、どうやら「やらせ」疑惑は実際にあるようです。
そしてこれには、ひどく残念に思いました。

 

否、この動画中の“事件”が無かったことそれ自体は、誤解を怖れずに言えば喜ばしいことなのですが、このような「やらせ」によって「シリアの惨状を世界に向けて発信」したということに、強く失望したのです。
何故ならば、こうしたことがあった以上、今後は(或いは今以上に)疑念の目を以て向けられると思うからです。

 

くだんのツイートでは「ノルウェー」と名指ししていますが、この辺りについて特定の機関や個人を私は把握していません。「ノルウェー」というもの自体、正しいのかどうか判りません。
しかし、「やらせ」疑惑が事実であるとすれば、その捏造を行った者はとんでもないことをしたものだと思わずにはいられません。

 

 

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日本には「目糞鼻糞を笑う」という言葉がありましてね…。

 

なんだかなぁ…。
連日こんな記事を見出しにしているタブロイド紙も負けず劣らず病的だと思うんだけれどもなぁ…。

 

 

 

日本の嫌韓とどこがどう違うの…?('A`)

むこうにしてみれば「お宅の新聞に言われたくない」な気がするのですが。

 

「そんな見出しと記事に釣られて
 くだんの新聞を買ったシオンさんも
 負けだと思うけれども

 

ああ、そうですか。

 

 

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山口の連続殺人は、じつは6人ではないか、という説

 

山口5人殺害:不気味な張り紙残して男不明、住民不安な夜
http://mainichi.jp/select/news/20130723k0000m040073000c.html

http://mainichi.jp/select/news/20130723k0000m040073000c2.html

 

数年前にも不審火=死亡女性の自宅で−5人殺害と関連捜査・山口県警
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013072300054

 

この事件なのですが…、真相は多くの人が想像しているものとは大きく違うものとなるのではないかという気もしています。

 

「それってどういうこと?

 

くだんの男性ですが、今、どんな状態にあると思います?
恐らく多くの人は、死んでいるのではないかと考えているのではないでしょうか。

 

これが現場付近の地図です。

 

 

そして、その周辺を含めた地図と衛星写真。

 

 

 

どこに行くにも10kmほどの道を行くことになります。しかしくだんの男性のクルマは家に置かれたままになっています
もちろん起伏のある道とは言え、歩いて歩けない距離ではありませんが、しかし夜の道であったろうことを考えると結構なことになります
しかも目立たないように移動するとなると、あかりも使えない可能性が出てきます。

 

冒頭の記事には「捜査本部は同日、男の自宅と車2台を捜索。男が徒歩で家を出て、それほど遠くに行っていないとみて、200人以上の態勢で集落周辺の山林の捜索や被害者宅の現場検証などをしている。」とありますが、遠くに行っていないと考えている背景には、こうした地理的状況等が関わっていると思われます。

 

その上で、仮に今なお潜伏しているとするならば、食糧や飲み水の問題が確実に生じます。
山間部であることから蚊などの虫への対応も必要になります。日中であれば熱中症も問題になるでしょう。
こうしたことを考慮した上で発見されないとすれば、生きていないのではないかと考えるのは順当な推理ではあります

 

私もそれには概ね同意見なのですが、この男性を重要参考人とすることには現時点では多少の疑問があります。
つまり、こういうことです。

 

ひょっとしたら、

この男性も殺されているのではないだろうか?

 

「え? 自殺じゃなくて?

 

というよりも、犯人が他にいるという可能性を考えているのですけれどもね。

 

最初の人を殺害したのと、その家に火を放った者。そしてその後に人を殺害した、そのすべてを同一犯であると仮定すると、その間にブランクがあるため、犯人は時間以上も潜伏していただろうとされています。

 

ですが、火事が発生し、騒ぎとなり、消火活動が行われ、そして一旦静まるのでの間、誰にも目撃されずに隠れる。そんなことが出来得るだろうか?
勿論不可能ではないでしょうが、火事を起こしてから現場を立ち去り、時間後に戻り、再び殺人を起こす。周囲は山林で、道路は限られている。これだけの条件の中、見付からずに潜伏するのは相当に運が良いか、誰も知らない潜伏場所を確保できているかのどちらかくらいしか考えられません。
そして、後者であるならば、仮に今はそこにはいないにしても、時間程度も待機していたとなれば痕跡を消すことも難しくなり、警察の捜索で見付からないということも無いのではないかと思えてきます。

 

だとしたら、他の可能性が疑われてきます。
即ち、この時点ですでにくだんの男性は ──

 

「死んでいる…?

 

必ずしも、即、そういうことにはなりません。
勿論その可能性もありますが、囚われているだけかもしれない。いずれにしても行動できない状況にあることには違いはありません。
事件前か事件後かはともかく、犯人は悠々と男性を遠くに運ぶことができるでしょう。

 

この説の根拠となるのは、男性の家の張り紙がいつ出されたものであるのかということと、男性が最後に目撃された日時の情報です。

 

前者は冒頭の記事にもあるように、年前にも不審火が発生し、その後に張り出されたとされています。
何故この情報が必要であったかというと、張り紙をした人物が誰であるのかを特定したかったからです。

 

「くだんの男性にきまっているじゃない

 

ただ、先述の説では犯人となる人物がもう人存在しなければならず、つまり男性が行方不明になった後に男性の家に侵入し、張ることも可能だと考えたからです。

 

「でも、そうではなく、
 3年も前に張り出されていたならば
 男性が自ら張ったものだよね

 

まぁ、恐らくそうでしょうね。
しかし3年も前です。ということは、この張り紙について、周囲はすでに知っていたものだということになります。

 

そしてこの情報きは、張り紙の文面の意味について見えてくるものとなります。
一見挑発や愚弄のようにも思えますし、意味不明のようにも読める文ですが、背景が見えてくると主語が浮かび上がります。

 

 

田舎者」とは悪口であり、この文章は放火をして喜んでいる当時の放火犯を罵ったものです。
くだんの男性は周辺住民とかみ合わなかったと言います。放火をするような輩がこの山村にはいる。バカ者だ。そういう意味が込められているのだろうと想像されます。

 

だとしたら、こんなものを書いて張り出し、さらには周囲を田舎者と嘲る人間が、自らそのようなことをするだろうか、という疑問が生じます。

 

そしてもうひとつ。
くだんの男性が最後に目撃された日時ですが…、

 

連続殺人、火災当日昼最後の目撃 不在の男、足取り捜査
http://www.at-s.com/news/detail/738179893.html

 

事件当日の昼とあります。
この証言の裏を取ることは難しいでしょうが、いずれにしても火事の前後にはすでにいなかったことが窺えます。

 

もし、この日の昼から夜までの間にくだんの男性自身が何らかの事件に巻き込まれていたとしたら…。
ともあれ男性が発見されるか、或いは発見されないことによって、より明確になることが出てくると思われます。
間もなく発見され、それが案の定、生きた姿ではなければ、死亡推定時刻からその前後関係が浮かび上がりますし、1週間以上経過しても見付からないのであれば「そもそもこの付近にはすでないない」という可能性が大きくなります。およそ、誰も目撃されずに徒歩で移動することが困難な状況でありながら、その意に反して遠くへと移動した。バスやタクシーが使われたならば証言が出てくるでしょう。それも無いならば答えはひとつ。何者かによって移動を果たしたという意味であり、かつ、家財をそのままにしてというのであれば、生活するのは極めて困難となります。即ち、生きた姿ではない。

 

いずれ、答えは出てくると思われますが、ミステリ並みの不気味な事件に、単純な事件では無さそうな雰囲気を感じずにはいられません。

 

 

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ヒョウタンから科学する子と科学できないオトナ

 

食中毒:理科の授業でひょうたん食べ 児童16人 大阪
http://mainichi.jp/select/news/20130705k0000m040077000c.html

 

このニュースを論じる前に、くだんの記事に付いたツイートがなかなかに酷いので紹介したいと思います。

 

http://news.nicovideo.jp/watch/nw678612

 

はっきり言いますが、こういう人達に科学の心は育ちません

 

くだんのニュースの場合、食中毒を起こしてしまった、それ自体は問題であったとは思います。
生徒達に「食べてみたい」と言われたところで「食べられるかどうか調べてみよう」と促すといった対応がベターだったでしょう。

 

ところが上記のツイートの人達は、食べようと考えることや、食べること、それ自体を批判しています。これでは知的好奇心、科学的探究心といったものが微塵も感じられません

 

医師トーマス・ウィリス(Thomas Willis, 16211675)は患者の尿に蟻が集まることを不思議に思い、舐めてみて甘かったことから糖尿病を発見したと言われています。
個人的にはこのエピソード。甘味が感じられるほども病状が進んでいるとなると相当な末期であると思われることもあって、作り話ではないかという気もしていますが、ともあれ、こうした探究心は人間が学び、文明が発展していく上では欠かせないことだと考えています。

 

また、確かにくだんの先生はヒョウタンの毒性について知らなかったのでしょう。知っていれば、かような事故は避けられたであろうことも事実です。
しかし、先程のツイートの数々もまた、ヒョウタンの食用について知らないわけです。知らない者が知らない者を笑っている。何とも滑稽な姿だと思います。

 

くだんのニュースを読む人には、この先生よりもさらに、調べる機会が与えられています。そういう意味ではこの先生よりも有利な状況にいることになります。なぜならば、生徒に「食べてみたい」と言われたとき、その場に調べる手段が無ければ、それは難しいからです。
しかしニュース記事を読んでいる人は、それがスマートフォン等の携帯端末であるかパソコンであるかに関わらず、ネットに繋がっている環境である訳で、そのまま検索するなりインターネット上の事典で調べるなり、手段がある訳ですね。
にも関わらず、そうしたことを行わず、この先生や生徒を嘲笑っている。あまりにも愚かなように見えてしまいます。

 

ひょっとすると、日本の学力が低下しているのは、こんなオトナばかりが、さも判ったかのように大きな顔をしているからなのではないか。そんなふうにも思えてきました。
くだんの教室の生徒達は「知らない」ということを知っていました。そして、それ故に「知りたい」と考え、「食べてみたい」と思い到ったのかもしれません。
だとしたら、ツイートの人達はこの小学生にさえ劣ることになってしまいます。それって一体、どうなのでしょうかね…?

 

 

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“ミサイル”以上の攻撃が新政権を窺う

 

北朝鮮:拉致「解決済み」撤回示唆 11月の局長級協議で
http://mainichi.jp/select/news/20121231k0000e010076000c.html

 

この北朝鮮側の提案。
じつはかなりの高等戦術です。

 

「どのあたりが?

 

何か所かありますが、その最大の点は拉致問題解決の定義をこちらに委ねてきたというところです。

 

「日本がどう言っても、
 むこうは突っ撥ねてくるだけじゃないの?

 

その可能性はもちろんあります。
ですが外交戦術として捉えたとき、北朝鮮は突っ撥ねることを前提としてこんな質問はしてこないという結論になります

 

具体的なやりとりの例を挙げて考えていくと見えてきます。
例えば「拉致被害者がすべて日本に帰還すること」を拉致問題解決の定義とします。
この場合、北朝鮮側は「すでに解決済み」と返してくる可能性は大きいでしょう。なぜならば「拉致被害者」の定義も「帰還を満たす条件」の定義も無いからです。

 

「それは上げ足とりというものじゃないかな

 

外交という場面に於いて、そんな言い分は通りません。
これは対北朝鮮外交に限った話ではありません。日本が外交に弱いのは、相手に突け入る隙を与え過ぎるところにあります。
そしてその原因はつ。定義を曖昧にしてしまうことと、マスターベーションに走ること
定義がしっかりしていなければ前提条件が無いので意図せぬ解釈も持たせてしまう。それを相手がどうのと言うのはマスターベーションに過ぎません。はっきりきっちり考えず、定義を設けない日本が悪い

 

「つまり、拉致被害者の名前を明示して、
 これが生還することを条件にしなければならないと

 

残念、それだけではまだ足りません。

 

例えば。

これは飽く迄も仮定の話ではありますが、もしかしたら拉致をされた日本人は他にもいるかもしれません。行方不明者というものが、毎年数え切れないほど出ているのは御存知の方も多いでしょう。もちろんその多くは事件や事故、或いは自己都合によるもの等でしょうが、その中の何件かには拉致絡みのものがあってもおかしくはありません。拉致被害者名簿というものは、単に国と警察が認定したものに過ぎません。
そして仮にそうした人間がいたとしたとき、被害者の名前を明示した時点で、これは拉致問題の解決条件から恒久的に外されることになります

 

「でも、
 それを言ったら定義なんて出来ないじゃない

 

定義ができるかどうかは置いておくとして、敢えて定義を訊いてきたその戦術とは、つまり言質を取るというところにあるのです。
そして、この言質取りは外交に限らず、交渉という場に於いては基本戦術なのです。交渉とは、いかに自分の言質を取られず、且つ、いかに相手の言質を取るか。これに尽きます。

 

「交渉とかって、
 いかに主導権を握るかの戦いじゃないのかな…

 

その通りです。
ですが、ときとしてその「主導権」を、敢えて相手側に与えるという戦術が有効である場面があります。

 

定義を設定する。これは主導権を持った者ができることです。
例えば法律。立法権という権限を持った者が作ることを許され、行政権、司法権という権限を持つ者がこれを動かし管理することが許されます。
しかし法律は制定され施行されたその瞬間より言質となります。「法を逆手に取る」とは、つまりそういうことなのです。法律が定義されている以上、その法律に書かれている条件であれば由であり、また、法律が想定していない事柄であればそれもまた由という事象。これがしばしば起きうるのは、かような理由によります。

 

法律がよほどしっかりしたものであれば、そこに抜け穴などないものとなるでしょう。
従って、交渉の場面に於ける、例えば今回の場合の「定義」という類のものも同様です。
この定義を設定する権利を北朝鮮側は日本に委ねてきたわけです。勿論日本側には色々な思いがあります。が、これを明文化しなければなりません。外交の場に於いて「そんなことは言わなくても判るだろう」は成り立たちません。

 

「日本側の返し方として、
 どんなものがあるだろう?

 

もっとも簡単な返し方としては、無視する突っぱねる、というものがあるでしょうね。そして、これをするような可能性は結構高いような気もします。
ですが、はっきり言っておきますが、これはタブーです。考えてもみて下さい。相手の質問状に返事も出さない。この時点で交渉をするつもり無しということになります。相手側にどう解釈されようと構わないという意味になるのです。そこでまた日本のマスターベーションになるのが目に見えています。こんな外交は最低最悪でしょう。

 

今回のこの話。
ニュース記事の文面からはその全体が見えづらい部分もあるのですが、仮に北朝鮮側が回答期限を設定していないのだとすれば、ある程度、回答をするまでの期日に猶予を持たせることは可能でしょう。「よく考えて対応したい」とは日本ではよく用いられる常套句です。
それはある意味で正しいと思います。ですが、ズルズル悠長に引き延ばすこともどうかと思う。そういう態度は北朝鮮側から見ても、国内から見ても、「やる気なし」という雰囲気に映ります。

 

日本で再び政権交代が起き、自民党政権になるであろうことはほぼ明らかでした。故に、くだんの記事にもあるように、これが安倍政権に向けて投げられたものであることはほぼ疑いありません。
時期を選び、野田政権ではなく、敢えて安倍政権に向けて投げてきたこと。ここが戦術として極めて高度。平たく言えば「安倍さん、あんた北朝鮮に対してどう来るつもりかい?」というようなもの。そしてその回答がそのまま拉致問題に関する言質になるという、クレバーなクエスチョンであるわけです。

 

「逆に言えば、
 これに見事な回答を返せれば、
 安倍政権の外交は優れているということにもなるよね

 

その通りです。
もっとも、安倍晋三氏の、というよりも、外交に関わる大臣や事務次官、或いはブレインの能力という気もしますが、ここが見事に返せるならば安倍内閣に対する私の評価はかなり高いものになりそうです。
逆に失敗するようならば ─ 正直こちらのほうが前例的に可能性大であるのが難ですが ─ 新内閣はいきなり躓くということになりかねないでしょう。

 

北朝鮮新首脳政権と、日本新内閣政権。どちらが高等な立ち回りができるか。
来年早々、興味深いと感じています。

 

 

 

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