タルティーン司令部戦略課室長日誌

ここだけで読める、戦略課の秘話その他。

2012年08月01日の記事

おおかみこどもの雨と雪

 

『おおかみこどもの雨と雪』を観てきました。

 

おおかみこどもの雨と雪
http://www.ookamikodomo.jp/

 

最初の10分で感じた印象は「実写よりも本物!」でした。
上記のポスターイラストはともかく、御存知の方も多いでしょうが劇中の画はこんな感じです。

 

 

もう、完全に絵です。カゲも無い、本当に平坦な絵。
ですが、この絵の動かし方がすごい。モブが動くのはきょうびのアニメ映画では当たり前ですが、ちゃんと生きているかのように動く。通りすがりの人やクルマでさえ、そのモブキャラ自身の性格や意思、バックグラウンドがあるかのような振る舞いが感じられる。
実写の映画やドラマでさえ、モブは単なるモブなのが普通であるのに、「ああ、この人は普段はこんな感じなんだろうな」とか「この人はこのスーパーに○○を買いに来たに違いない」とか、そういう背景を感じさせてくれる。
こういう微妙な演出や表現は、相当に難しいです。そうした部分が描けていることに、まずは惹かれました。

 

モブがその内面を演技するのですから、主人公達がそれを上回る動きをしないはずはありません。
そういう意味で、こういうものこそが本当のAnimation(アニメーション。原義は「命を吹き込まれたもの」)なのだろうと感じました。

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

この映画。何度かセリフの無いシーンが続きます。坦々と場面だけが流れ、時間の経過が表現されます。
個人的にはセリフのあるシーンより、こういう部分に大きな感動がありました。

 

特にお気に入りのシーンは小学校の場面。
廊下をカメラが左右に滑りながら、それぞれの学年の教室を行き来する。セリフも無く、キャラクターの表情すらはっきり描かれない。
しかし、そこにある“おおかみこども”であるのシルエットだけで、入学以降の数年が表現される。
ポイントなのは、この2人の姉弟が1学年違いであるということ。2年生の、1年生の…とカメラがスライドした後に再び2年生の教室へと戻ると、そこには翌年のの姿と3年生になった
カメラが廊下を行ったり来たりする中で、教室をクロスオーバーさせつつ年月の経過を描くこの演出はとてもきれいです。

 

美しさの頂点は、プロモーションでもたびたび出ている雪原を駆け巡るシーンでしょうか。
ここもまたセリフらしいセリフの無い場面です。こうして見るとこの映画。じつはセリフなんて必要最小限にした無声映画にしてしまっても意味が通じるのではないでしょうかね。
そこまで「みえる」のは、やはりモブや背景を含めたすべてが「生きている」からなのだろうと思います。

 

もちろん声優さんや音楽音響さんも素晴らしいです。
ただの絵だけでも「生きている」のに、そこに声優諸氏の演技が入ると、これは本当に傑作です。
それ故に、観ている者は単なる感情移入を越えた、個々のキャラクターの意識の変化をも含めた「共感」のようなものを抱いていくのではないでしょうか。

 

 

映画の主人公は“おおかみこども”の母であるですし、語り部は姉の
それ故にどこに視点を置くかと言えばになるのが普通なのでしょうが…、しかし、わたし的には弟のや、雪のクラスメートである草平がとても魅力的なキャラクターとして感じられました。

 

「雨はわかるとして、
 脇役の草平が魅力的?

 

確かに草平は主役ではありません。しかし映画全体を通しての重要なキーキャラクターになります。
逆に言うと、草平がいなければこの映画の魅力自体が半減してしまうでしょう。それほどに重要な存在です。

 

映画を観た人の中には、草平に特別な感情を抱いていると感じた人も多いと思います。しかし本当にそうでしょうか。
もともとのきっかけは転校生である草平が、席の隣接するに獣のようなにおいを感じたことに始まります。この時点では特別な感情など存在しません。
一方で草平に正体がばれるという怖れから、彼から逃れようとします。草平からすれば自分を避けているように見えるわけで面白くない。何ゆえに自分を避けるのかを問いただそうとする。ここでもまだ特別な感情はありません。
追及を受け、動揺の高ぶったは狼の姿となり草平を傷付けてしまう。この瞬間の草平の感情を想像するのは難しいですが、相当な驚愕があったのは相違ありません。
ただ、この事件以降、もはや学校にはいられないと考えて塞ぎこんでしまったに対する申し訳無さやら色々なものがまぜこぜになった草平は、さらに母の再婚なども経て、諸々への意識が変化していきます。

 

こうした大きなうねりのような意識の変化。もう1人の主人公である弟のにも見られるものです。
内向的な性格で、二言目には「もう帰ろうよ…」だった彼が、保護された狼と出会い、さらに山でキツネと出会うことで変化していく。最後にはある種の狼の本能的ななにものかに目覚める。
波乱万丈な子育てに追われるや、物語を動かしていく。しかし、それ以上に大きなちからで彼女らを牽引しているのは、意識の変化を伴いつつ化けていく草平なんですね。
そこに強い魅力を感じたのです。

 

山に旅立ったと、雪に心を開かせた草平
どちらもその後については描かれていませんが、がんばって欲しいなと感じさせるエンディングでした。

 

 

 

さて、観る人によってどこを物語の中心と捉えるかも異なりそうな本作。色々と思うところがありますが…。
この映画のメインとなるキャラクター(おおかみおとこ草平)って強いですよね。もちろん腕力的なことを言っているのではなく、精神的な部分です。

 

特に、おおかみおとこの死。これってにとっては筆舌に尽くせないほど残酷な場面ですよ。
ただ死んだんじゃあ無い。その亡骸が溝川で発見され、しかも目前でゴミ袋に入れられ、収集車に放り込まれる。
もちろんには、その狼の死骸が夫であるだなどと言えようはずも無い。

 

無論、事故で死んだということはにも伝えたでしょうが、さすがにその状況までは教えていないに違いない。
ただ、が絵本などからの知識で「狼は人間に嫌われている」ということを口にしたとき、の脳裏にはその時のことが思い返されただろうと思います。
そんな中でも笑顔を返せるだからこそ、幾何もの苦労を乗り越えられたのだろうし、内向的だった結果としてもっとも長く母親のについていたからこそその姿を見続けていたは変わっていった(変わっていけた)のかもしれません。

 

 

 

ところで。
先述の雪原のシーンを予告で観たときから頭の片隅にあったものなのですが、宮澤賢治ファンの私としては、こうした場面から彷彿するは『雪渡り』でした。
先日に観た映画が『グスコーブドリの伝記』でしたから、尚更それが頭にありました。

 

映画『おおかみこどもの雨と雪』には、『広辞苑』といった辞典から『ぐりとぐら』のような絵本まで、実在する本がいろいろ登場し、背景の本棚に収まっているのですが、『雪わたり』もしっかりありました。
こういうのって、なにげに嬉しいんですよね。恐らく制作者サイドは、が読みそうな本をいろいろ探してきたのだと思います。宮澤賢治『雪渡り』が、彼らの読みそうな本なのかどうかは微妙な気もしますが、これは明らかに雪原と姉弟(『雪わたり』は兄妹ですが)という組み合わせの隠喩を込めているものでしょう。

 

 

映画館から出てきたら、どうやら直前まで土砂降りだった模様でした。
でも自分にとっては映画のラストとカブってしまい、妙に心地よかったです。

 

 

この記事の先頭へ▲

お名前メモする